映画 ウッドストックがやってくる!
2011年 07月 10日
暑いですね! 暑いとなにか、事件がほしくなってしまいます。
ひと夏の思い出っていうんでしょうか。ぎらぎらの太陽にあぶられると、つい。
ニューヨーク州ホワイトレイクで、鬱々と田舎の生活を送っていたひとびとも、
きっとそうだったに違いない、というのは勝手な思い込みかもしれないけれど。
1969年、実際に行われた、野外コンサートのお話なのですが。
つぶれそうなモーテルを、両親のためになんとかしようと、町おこしの企画に
苦心している青年エリオットが、超有名アーティストのコンサートを
誘致しようと奮闘することになるのだけれど、保守的な住民から罵られたり、
金もうけに走る仲間に悩まされたり、間に合いそうもない準備に奔走したり。
さびれた町が活性化されるのは、たしかにありがたいことだけれど、
いきなりのカルチャーショック、まるでイナゴの群れに襲われるように、
ものすごい数の群衆がやってくることは、どちらかといえば恐ろしくもあって、
それまでの平穏な日々に、さまざまなひずみが生じてきて。
それでも、どんなに騒がしい連中でも、見知らぬひとたちとの触れ合いは、
楽しく、刺激的で、温かで、生きる気力を呼び起こしてくれて。
エリオットのお父さんの目の輝きが、如実にそれをあらわしていました。
物語の初めの方では、何も話さない、人生あきらめきった老人だったのに。
よそ者の客人たちと、和気あいあいと話し、楽しそうに仕事をこなし。
悩みの種のお母さんの問題点は、万事解決というわけにはいかなかったけれど、
でも、親子だって、考え方や感じ方はいろいろ、それを思いやりながら、
離れることになっても、きっとまた帰ってくるという、信頼感がうまれた気配。
自分は頼られてるんだから、両親のために尽くさないと、という気負いから、
解放されたようなのも、びっくりするような人びとの波にもまれたからかも。
コンサート、が話の中心なのだけれど、コンサートの場面はあまりなく。
それに関わる人々の、個人的なお話の羅列だったり、準備の大変さ、
開催中の混乱だったり、目眩しそうな後片付けの様子だったり。
みんな、がんばれ。
ジョイランドシネマ沼津にて、7月
ウッドストックがやってくる! 公式サイト
ひと夏の思い出っていうんでしょうか。ぎらぎらの太陽にあぶられると、つい。
ニューヨーク州ホワイトレイクで、鬱々と田舎の生活を送っていたひとびとも、
きっとそうだったに違いない、というのは勝手な思い込みかもしれないけれど。
1969年、実際に行われた、野外コンサートのお話なのですが。
つぶれそうなモーテルを、両親のためになんとかしようと、町おこしの企画に
苦心している青年エリオットが、超有名アーティストのコンサートを
誘致しようと奮闘することになるのだけれど、保守的な住民から罵られたり、
金もうけに走る仲間に悩まされたり、間に合いそうもない準備に奔走したり。
さびれた町が活性化されるのは、たしかにありがたいことだけれど、
いきなりのカルチャーショック、まるでイナゴの群れに襲われるように、
ものすごい数の群衆がやってくることは、どちらかといえば恐ろしくもあって、
それまでの平穏な日々に、さまざまなひずみが生じてきて。
それでも、どんなに騒がしい連中でも、見知らぬひとたちとの触れ合いは、
楽しく、刺激的で、温かで、生きる気力を呼び起こしてくれて。
エリオットのお父さんの目の輝きが、如実にそれをあらわしていました。
物語の初めの方では、何も話さない、人生あきらめきった老人だったのに。
よそ者の客人たちと、和気あいあいと話し、楽しそうに仕事をこなし。
悩みの種のお母さんの問題点は、万事解決というわけにはいかなかったけれど、
でも、親子だって、考え方や感じ方はいろいろ、それを思いやりながら、
離れることになっても、きっとまた帰ってくるという、信頼感がうまれた気配。
自分は頼られてるんだから、両親のために尽くさないと、という気負いから、
解放されたようなのも、びっくりするような人びとの波にもまれたからかも。
コンサート、が話の中心なのだけれど、コンサートの場面はあまりなく。
それに関わる人々の、個人的なお話の羅列だったり、準備の大変さ、
開催中の混乱だったり、目眩しそうな後片付けの様子だったり。
みんな、がんばれ。
ジョイランドシネマ沼津にて、7月
ウッドストックがやってくる! 公式サイト
by habits-beignets | 2011-07-10 19:56 | シネマのこと | Comments(0)