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映画 テーラー 人生の仕立て屋

ギリシャのおしゃれってどんな感じなんでしょう。

かなり洗練されていたようなんですけれど、さすが由緒正しい歴史ある国。

けれど、経済破綻危機のニュースなどありましたものね。

ファッションにはお金がかかったりしますし。


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舞台はアテネ、高級スーツの仕立て屋さん、父親の代から受け継いだ店主の出で立ちがもう、まさに、いかにもキチッとパリッと身なりを整え、店内も整え、いつでもお客さんをスマートに出迎えられる準備万端なのに、ガラス越しの、行き交う人々の歩みのスピードはゆるむことなく。

誰も、入ってきません。

そして一日が終わってしまいます。


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たぶんもう、そんな毎日の繰り返し、慣れているのでしょう、小さな灯りでひとりの夕食も、どこか諦めの雰囲気で。

でも、ささやかな慰さめと交流はあって。

夜のしじまを漕ぐような、隣家の女の子との静かな言葉のやり取りが、仕立て屋さんのニコスに微笑みを。

微笑みは、勇気のもと、であるような、これからの日々を戦いぬくための。


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このままではマズイ、どんなに立派な構えでも、誰も入ってこないお店では潰れてしまう、とわかっていても、昔気質のご隠居お父さんは、焦ったところで打開策を思いつけるわけもなく、ニコスはひとり思案の毎日、常に何かできることを考えあぐね、ともかく、お店で待つだけでは埒があかない、何かしなければ、の意識がゴロゴロ回る車輪に吸い寄せられ、外へ出なければ、街へ出なければ、人と合わなければ、何も始まらない。

で、紳士服の仕立て屋さんが、手作り屋台でデビュー、危機感と情熱ってすごいですね。


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でもやはり、あまりの変わり種に、邪魔にされたり、奇異な目で見られたり、だったんですけれど、次第に、温かな視線やちょっとしたヒントをもらえるようになったり、さすがにスーツの注文は難しいけれど、おしゃれ好きの女性は興味を持ってくれたり、そして、運命が動き出す瞬間が。


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ウェディングドレスは作れる?

いやまさか、けれど、背に腹は変えられない、どうにかしようと引き受けてしまって。


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幸運だったのは、隣家の女の子のお母さんが、裁縫の腕前がプロ並みで、そして親切で、ニコスのドレス作りを我が事のように熱心に取り組んでくれたこと。

なんだか、彼女にとってもうれしいチャンスのよう、自分の技術やセンスが認められる喜び、誰かの助けになり、求められる喜び、それは、日常の家事ではあまり評価されない個性が、生き生きと溢れだす、輝かしい瞬間のようでもあって。

やがて、ニコスと彼女が、ドレスを仕上げる充実感が、二人を希望で満たしてゆくように。


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そういえば、ウェディングドレスって、身につける女性はもちろんだけれど、関わる人々すべての気持ちを高揚させる力がありそう。

華やかで、幸福感に満ちて、晴れやかな人生の扉が、自分にも開かれる気配が漂って。


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だから、レースやシフォンの感触に誘われるまま、夢心地の表情の時間が訪れてくれるのだけれど、すべてが思うようになるわけではない現実の時間も、確かに存在していて。

ドレスの注文で大忙しでも、紳士服の仕立て屋のお店が成功したといえるのか。


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年老いたお父さんの、仕立てにかける情熱、仕立て屋としての誇りが、今となってはゴミでしかない、古い店にぶら下がる過去の要人たちの型紙に象徴されて。

でも、女性のドレス作りを、軽蔑気味に捉えていたお父さんの、意識がやわらかく変化するとき、どんな形でも、どんな場所でも、お店の誇りと技術はずっと続いてゆく未来も見えて。



装いって、身にまとうって、世界に立ち向かう自分を勇気づける、大切なことですものね。

丁寧な仕事と、思いやりは、どこでも誰かに必要とされる、きっととても価値のあるもの。


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シネプラザサントムーンにて2021年11月


テーラー 人生の仕立て屋 公式サイト


# by habits-beignets | 2021-11-17 16:58 | シネマのこと | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

映画 MINAMATA―ミナマタ―

水俣病をテーマにした映画を、ジョニデがプロデュース、自ら主演ということで、どうしたって気になるわけですけれど、彼が演じるのは、水俣病に平穏な生活を奪われた市民たちの、厳しい現状を世界に発信したカメラマン、ユージン・スミス。



ユージン・スミスの功績は、テレビのドキュメンタリーなどでいくらか知っていたりはするのですけれど、この映画は、彼独自の視点から水俣病問題を浮き彫りにする、という流れのため、彼がもっぱら個人的に抱えている問題や思いとリンクさせながら、と、純粋なドキュメンタリーとはやや距離を置いた描き方で、かなりわかりやすく寄り添いやすく。


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1971年なんですね、水俣病問題が表面化したのって。

その時すでに有名なカメラマンだったユージンの脳裏には、日本といえば凄惨な沖縄戦がよみがえり、地獄の様相を極めた現場を世界に伝える信念に迷いはなくても、その代償としてささやかな幸福を失ってしまったことに、苦しめられている現実があって。


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ふとしたきっかけで水俣病のことを知って、思いがけず使命感に駆られ、あるいは、失いつつある名声と高額の報酬を求め、日本に飛んだわけですけれど、そこで直面したのは、病気で人生を奪われて苦しんでいる人たちだけではなく、苦しんでいるのに声をあげるのをためらい、やり切れなさを抱える人たち。


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水質汚染の被害者は皆、同じ苦しみを共有しているはずなのに、一枚岩になるのが難しいのは、それぞれの暮らしの事情に微妙な違いがあるから。

加害者対被害者、という単純な構造のお話ではないんですね現実は。

高度成長時代、経済力ばかりが注視され、まだ公害の概念さえたぶん確立されていない時代、ささやかな暮らしを守ろうとする人たちの声が軽んじられていた気配もあって。


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たしかに水銀を流した工場だって、悪意があったわけではないでしょうし、世の中の役に立つものを生産しているからこそ存在が許されて。


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けれど、ここまで譲歩するから黙って従え、みたいな態度には、責任の重大さを理解していない驕りがむろんあからさまで、被害住民たちの怒りは当然燃え盛り、力ずくの衝突が激しくなるばかり。

その現状をつぶさにフィルムに収めるユージンも、いつしか命がけの境地に。

支えてくれ歓迎してくれる人たちと、妨害し痛めつける人たちの狭間で。


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「写真は撮る者の魂を奪う」

ユージンが、妻となるアイリーンに語った台詞には、目の前で繰り広げられている現実を、自分の目で切り取って、広く世に伝える覚悟が。

おそるおそる、被写体となる人たちの許可を得てシャッターを切ってゆくうちに、打ち解け、写真に収まる水俣の人たちの心持ちが、映像に込められ。

共に闘う気骨の影には、ただ穏やかな暮らしを愛おしむ彼らに寄り添う気持ちが。



争いが激化するばかりで解決の糸口も見つからなそうでもあったのに、加害者側の工場を追い詰めたのは、世界の目、であったのだろうけれど、では仕方ない、とただ観念したからなのか、あるいは、生々しい写真を通しての世界からの視線を、自らも体感することで、ようやく客観視することができたからなのか。

もしかしたら、見たくなかった現実をついに見てしまったことで、人間的な胸の痛みを感じたから、なのかもしれなさそうな。


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ただただ、言葉や力で訴えるだけでは伝わらない、痛みを、共感してもらえる手段として、命がけの写真は最強なのかもしれません。


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とはいえジョニデのユージンは、情けなくだらしない感じで水俣ウロウロするんですが、カメラを渡され写真とりまくる男の子のエピソードが、とても微笑ましくて、純粋な情熱とか喜びって、無言で明るい希望を与えてくれる救いなのでは、のリアリティ、きっとそう。


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シネプラザサントムーンにて10月


MINAMATA―ミナマタ― 公式サイト


# by habits-beignets | 2021-10-16 11:03 | シネマのこと | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

映画 ノマドランド

ホームレスじゃない。ホームレスではなくて、ハウスレスよ。

主人公の初老の女性、ファーンが、以前の教え子に答えた言葉です。


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今は住む家を失い、車であちこち移動しながらの暮らしぶりになってしまったので。

けれど、もとは貧困というわけでは決してなく、ごく普通に教育を受けて、仕事に就いて、愛する人と結婚して、つましいながらも特に不自由なく、社宅暮らしを楽しんでいたんです。



それが、例のリーマンショックのあおりを受けて、街ごと消えてしまうような形で失業、夫も死亡、生活の場を失っての放浪の生活に。



とはいえ、本人とても逞しく、悲劇のヒロインぽくは見えないのですけれど。

使い古したキャンピングカーに、必要最低限の生活道具を積んで、繁茂期の仕事を探しては渡り歩き、同じような境遇の人たちと交流があったり、やや不便で窮屈そうに見えなくはないけれど、自分の力で生き抜いてゆく、潔さが感じられて。



他人からはオンボロで、買い換えるべきだと見える車も、少しでも暮らしやすいようにと様々な工夫、細工が施され、あるいは、大切な思い出の品々が積み込まれていたり、そこには確かな愛情が、生前の夫の気配や、少女期のあたたかな夢の跡形が。

だから、家とは見えなくても、それは確かにホームに違いなく。



行く先々で、ご近所づきあいぽく親交を温める人々も、他人に頼らず自分の力で生き抜いてゆく誇りを大切にしている姿勢が、静ひつに、あるいは猛然と。

そこに、若者はほとんど見当たらず、みな、老いを抱え、病や死を意識せずにはいられない境遇のようなのに、厳しい人生に悲しみを覚えながらも、自由な人生を大切に。


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インターネットの世の中だから、の豊かなつながりがあったりも。

今度いつ会えるかわからないような別れでも、遥かな場所での素晴らしい景色が送られてきたり、普通の「家」での生活に誘われたり。

ギリギリの生活でも、前向きに暮らしていれば、選択の機会は、いつでも訪れて。



日々、自分には何が必要か、何が相応しいのか、大切な守りたいものは何なのか。

絶えず自問自答しながら、生きる場所を探すのは、もしやとても充実した人生なのでは。

喪失の悲しみから逃れられなくても、まっすぐそれを受け入れる心持ちは、尊くて。

それでも、金銭を賄わなければならない不自由さに、縛られてしまうのが残念だけれど。



放浪も、まるで長い旅行、むしろ神様から与えられた生命を、全うさせているような暮らしにも見えるけれど、人間社会との折り合いには、歪な印象もあって。

個々にとっての豊かな暮らしって、何だろう、考えさられてしまったり。

ところで、放浪先の、あちこちの名勝が見られて、圧倒されました。


シネプラザサントムーンにて3月


ノマドランド 公式サイト


# by habits-beignets | 2021-05-30 18:30 | シネマのこと | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

映画 声優夫婦の甘くない生活

時は1990年、場所はイスラエル、いったいそこには、どんな世界が。

事件だったり世相だったりが、いちいち興味深くて、目が釘付けになりました。

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東西冷戦時代が終わりを告げ、ソ連から、多くのユダヤ人がイスラエルへ移住したとのこと。

そのなかに、老年の声優夫婦が、不安げであったり、決死の覚悟っぽかったり。

共産主義のソ連でも、それほど豊かな暮らしではなかったはずなのに、新天地のイスラエルでは、仕事を見つけるのもままならず、言葉だってよくわからず、の心許なさが。

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よほどの事情とはいえ、慣れ親しんだ国を捨ててきてしまった二人、こんなはずでは、とけっこうな失望が、胸をよぎったのでは。

作り笑いの祝杯のあと、呆然としながら、壁にぶつかりながら、それでも力を合わせて穏やかな日常を手に入れようと、あちこち当たってはみたものの。

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声優のお仕事って、やはり少し特殊ですものね。

これまでの長いキャリアを生かしたくても、時代は変わっているし文化も違うし、できる仕事は限られていて。

何とか見つけることができたようでも、奥さんのお仕事の、突飛なことといったら。

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ちょっとエッチな声のお仕事、最初は尻込みしたけれど、生活のためと飛び込んで、そしたらいつしか、ささくれだった自分の気持ちが、かえって慰められるように。

いかがわしい仕事のようでも、懐かしいロシア語の会話が、互いの心の痛みを和らげるような、そんな温かさが徐々に。


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一方の旦那さん、たまたま見つけたお仕事は、ちょっと怪しげなレンタルビデオ店。

吹き替えの経験を生かそうと、奥さんも誘うのだけれど、どうやら違法の気配が。

とはいえ、こちらも背に腹はかえられぬ、それに、輝かしい栄光を捨てきれない声の自尊心であったり。

どんな形でも、映画のためなら、という愛情が、もしや分別をなくすほどであったのかも。


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夫婦それぞれ、別々に過ごす時間のなかで、微妙に違う価値観や願望が、少しずつ露わに広がって、やがて爆発ぶつかって、というのは結婚生活が長い夫婦にありがちなことではあるのですが。

環境が変わって不安で寂しいのにどうして、という苛立ちが、抑えきれなくなるのでしょうね。

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けれど、うんざりして腹が立っても、互いの慣れ親しんだ声からは離れられないような強い絆が。

それは、ともに歩いてきた長い年月のためだけではなく、同じものに情熱を傾けられる同志のつながりが、何があっても消えないからかも、というのが、ラストで二人が並んだ場面で。


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あちこちユーモア散りばめられた楽しい作品は、過去の映画に対する愛情もたっぷり。

不織布マスクどころではない、ガスマスク携帯必須の世界でも、映画やデートを楽しむ人々の逞しさと健気さ。

どんな世の中だって、夢中で愛することができるもの、それを共有できる誰かががいれば、未来はそれほど暗くはないかも。


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シネプラザサントムーンにて2月


声優夫婦の甘くない生活 公式サイト


# by habits-beignets | 2021-03-05 11:12 | シネマのこと | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

映画 ある画家の数奇な運命

つかみどころのない邦題、3時間超の上映時間、ちょっと尻込みしてしまいますが、安心してください、大傑作ですから、と叫びたくなりました。

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物語の舞台は、第二次大戦直前から、東西冷戦下までのドイツ。

始まりは、ちいさな男の子が、若い叔母さんに連れられて、美術館を見学するところから。

そして、彼がみまわれる悲劇や苦悩が、激動の時代とそのまま重なって。



ナチス政権下の、果てしなく凄惨だった戦争が終わって、表面上は平和のようでも、生き延びた人々には、それぞれが戦って負傷した心の傷跡が、たぶんまだ癒えないまま。

戦時中、慕っていた叔母さんがたどった運命を、彼がどこまで知っていたかわからないのだけれど、きっと察知しているような気配がたしかに。

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じつは、その悲劇に関わった人物が、愛する妻の身内、そんな現実にも気づいていないはずなのだけれど、誰かに怒りや悲しみをぶつけることなく、厳しい現実をそのまま受け止め、真実を求める彼の姿勢が、むしろ何よりの復讐のような。



東ドイツであっても経済的には恵まれた境遇なのに、なぜか西ドイツに移住する妻の両親が抱えた事情。

虚栄心を捨てられない、妻の父親こそが、彼を受け入れた東ドイツが否定する「ich(我が)」なのでは、という皮肉も感じられて。

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共産主義社会では、芸術も効用を求められるのですね、もはやスローガンとして。

画家の青年も、表現の自由を求めずにはいられず、妻をともなって西ドイツへ。

その葛藤が、とてもリアル、出てゆく者がいれば、残される者も。

残された側の立場、やるせなさ、悲しさ切なさも丁寧に描かれて。



「ich(我が)」とは、何でしょうね。

芸術とは何でしょう。



西ドイツに渡った彼は、晴れて自由に表現することができるようになったのに、本当に描くべきものが何なのか、かえって難しい課題に直面してしまうことに。

美術学校の教授の言葉が心に響きます「私に見せようと思うな。自分でわかるはずだ。」



大勢に評価されようと世間の流行に乗ろうとすると、無意識のうちに自分を表現することから逸れていってしまう。

自分が抱えている、描きたい本質を、見つけて解き放つこと、それこそが自分にしか成し遂げられない芸術にちがいないのに。



「真実は美しい」、幼い頃に叔母さんが語っていた言葉がよみがえって。

現実のむごさとの折り合いを見つけられず、彼女が落ちてしまった悲劇と対峙することこそが、彼に課せられた使命であり、そこで生まれる表現こそが、彼そのもののはず。

ようやくそれを見つけて生まれた作品は、まっすぐ真実を、観た者たちの心に無言で訴えかけ、激しい圧力さえ。



感じることで得られる、言葉にできない理解の大切さ。

芸術は、社会に必要不可欠なものですよねきっと。

わかりやすい効用などなくても、人々の心の良心や探究心に真実が訴えかける、たぶんそんな強い力が。



実在の画家がモデルになっているそうですが、虚実ないまぜ、何が事実かは秘密という話らしいです。

「善き人のためのソナタ」の監督作品、「善き~」も素晴らしかった、ことにラストが。


シネプラザサントムーンにて11月


ある画家の数奇な運命 公式サイト


# by habits-beignets | 2020-11-12 02:16 | シネマのこと | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー