映画 ブラック・スワン
2011年 05月 19日
情熱と狂気のあわいをさまよう、映像世界に引き込まれるうち、
気持ちがおののいて、逃げ出したくなってしまうような。
頂点にたつ、ということは、どの世界においても、ひとつの目標
なんでしょうけれど、有名なバレエのプリマの座を射止め、さらに、
それを見事に演じきる、ということのプレッシャーは、想像を絶する
凄まじさなのだということが、主人公ニナの表情から伝わってきます。
黒鳥に備わってしかるべき、奔放さと妖婉さは、演技でまとうことが
できるものなどではなく、本来の自分が秘めている激しさを開放してこそ
表現できるものなのだと、監督から責められて苦悩するうち、黒鳥そのもの
のような、ライバルの登場もあいまって、精神的に追いつめられるのですが。
窮鼠猫を噛む、というのはこのことなのか、これまでの抑制が強かったほど
抱えていた闇が深かったのでは、と思われるような、ほとばしる欲情に
身を委ね始めるニナの変貌ぶりは、いささか恐ろしく、それはたとえば、
鏡に映る自分が、無意識のうちに勝手にうごめくぐらいの、不気味さで。
けれど、もしかしたら、これは特別な誰かの物語なのではなく、私たちにも
いつ起こるかもしれないことなのでは、という気が、夢の世界にいるような
不条理劇を見せられているうちに、じわじわ感じられてきました。
ふとした拍子に現われる、いつもと違う無意識下の自分に、ハッとする瞬間。
官能の世界に身をおくことは、痛みをともなうことなのでしょうか。
まさに自分の殻を破るそのままに、血がにじんで流れる描写は、見ている
こちらも、神経がちぢみあがってしまうほどで、監督がほのめかした
「自分の道を阻む自分」との戦いの容赦ない攻撃に、少し震え上がりました。
シネプラザサントムーンにて、5月
ブラック・スワン 公式サイト
気持ちがおののいて、逃げ出したくなってしまうような。
頂点にたつ、ということは、どの世界においても、ひとつの目標
なんでしょうけれど、有名なバレエのプリマの座を射止め、さらに、
それを見事に演じきる、ということのプレッシャーは、想像を絶する
凄まじさなのだということが、主人公ニナの表情から伝わってきます。
黒鳥に備わってしかるべき、奔放さと妖婉さは、演技でまとうことが
できるものなどではなく、本来の自分が秘めている激しさを開放してこそ
表現できるものなのだと、監督から責められて苦悩するうち、黒鳥そのもの
のような、ライバルの登場もあいまって、精神的に追いつめられるのですが。
窮鼠猫を噛む、というのはこのことなのか、これまでの抑制が強かったほど
抱えていた闇が深かったのでは、と思われるような、ほとばしる欲情に
身を委ね始めるニナの変貌ぶりは、いささか恐ろしく、それはたとえば、
鏡に映る自分が、無意識のうちに勝手にうごめくぐらいの、不気味さで。
けれど、もしかしたら、これは特別な誰かの物語なのではなく、私たちにも
いつ起こるかもしれないことなのでは、という気が、夢の世界にいるような
不条理劇を見せられているうちに、じわじわ感じられてきました。
ふとした拍子に現われる、いつもと違う無意識下の自分に、ハッとする瞬間。
官能の世界に身をおくことは、痛みをともなうことなのでしょうか。
まさに自分の殻を破るそのままに、血がにじんで流れる描写は、見ている
こちらも、神経がちぢみあがってしまうほどで、監督がほのめかした
「自分の道を阻む自分」との戦いの容赦ない攻撃に、少し震え上がりました。
シネプラザサントムーンにて、5月
ブラック・スワン 公式サイト
by habits-beignets | 2011-05-19 22:54 | シネマのこと | Comments(0)