映画 ファントム・スレッド
2018年 07月 24日

始まってすぐ、胸ときめいてしまう、オートクチュールハウスの朝の光景、
ここで、これから、美しいドレスが、生まれようとしている、淡く白い部屋、
高名なデザイナーの、身支度すら、華麗で高貴な音楽にのって、芸術じみて。

けれど、かけがえのない一着のドレスのために、つねに腕を振るう仕立て屋は、
暮らしすべてを仕事にささげ、だから、他人をよせつけない気難しい面が、
美しい女性のやさしい言葉より、静寂を欲する頑さは、たしかに、一流職人には、
必要な気質かもしれないけれど、彼に魅せられて近づきたい者には、激しい苦痛が。

もしや、彼の望みはただ、理想の服を作り上げること、女性を見いだし選ぶのも、
それこそが唯一の基準で、理由で、目的なのでは、偶然出会ったウェイトレスを、
見初めたのも、はにかんだ視線の交差や、愛らしいやりとりゆえとかではなく、
制服姿の彼女のシルエット、立ち姿に、新しい服のデザインを着想したからでは。

おそらく最初の出会いのときから、デザイナーに心を奪われたウェイトレスが、
期待していた二人の時間とは、すこしずれてしまった最初のデートの出来事が、
今後の二人の関係のむずかしさを、如実にあらわしているようで、純粋な愛って
何なの? 彼女が求めるものと、彼が求めるものの、行き違いを、どうすれば?

誰かを熱烈に愛したとき、やっぱり自分も愛されたくて、必要とされたくて、
でも、その必要とされたいものって、あくまで自分が望んで与えられるもので、
捧げることに喜びを感じられるものでしかなかったりして、不幸にも、それを
拒絶されてしまえば、耐えがたい悲しみとか苦しみ、無力感しかなかったり。

自分の愛が迷惑がられている、相手が不快に感じている、と悟ったときの絶望感、
それでも、自分の存在は必要とされていることの矛盾に、やりきれなさは増して、
彼を、自分の愛の世界に引き入れたい、厳格で孤独な彼の世界から抜け出させて、
うわべを飾るドレスの世界から、生身の体の世界に、引きずりこみたくなったり。

始終ドレスのことに心を傾けて、そんな彼女のひとりよがりの愛情など、鬱陶しいだけ、
心を乱されるのは願い下げだと本心から思っても、いざ、失いそうな危機を接すると、
力ずくでもたぐり寄せたくなってしまう、気持ちや考えどおりに、動けないせつなさ、
自分のスタイルを、静かに守りたい欲求と、雑音をたてられても、すがりたい欲求。

互いに、激しい反発を抱えながらも、狂おしく、やはり求め合ってしまう二人が、
やがて、見いだそうとする決着点は、悲しかったり恐ろしかったり愚かしかったり、
演じるダニエル・デイ=ルイスの、視線、表情、の、ものすごさ、と相まって、
ジョニー・グリーンウッドの音楽に彩られ、究極の、愛のかたちの、迫力が。

物語の背景の、クチュールハウスの描写がすてきで、見惚れてしまいます。
レース生地を手仕事で丁寧に縫ってゆく、たくさんのお針子さん。
ファントム・スレッドとは、「東ロンドンのお針子たちが、王族や貴族に長時間衣装を縫い続け、仕事場の外でも見えない糸を縫い続けたという逸話からきている。(映画チラシより)」とのことです。

シネプラザサントムーンにて7月
by habits-beignets | 2018-07-24 16:02 | シネマのこと | Comments(0)














