映画 ブリット=マリーの幸せなひとりだち
2020年 09月 04日
63歳、主婦、日々くり返される、自分なりの暮らしの秩序がよりどころ。
とくべつな楽しみなどなくても、それで十分だと思っていたのに、不意に、地道に築きあげてきた暮らし方に、別れを告げることになって。
物語の主人公は、専業主婦歴40年の、ブリット=マリー。
夫はビジネス、自分は家事、そう割りきって、生活を整えるルーティンこそが、人生のすべてとばかりの、きちんと主婦さん。
彼女の必需品は、花柄の小さなメモ帳、そこには次々、やるべきことリストが律義に書き込まれて。
けれど、そんな平穏な暮らしをぶち壊す事件がとつぜんに。
呼びだされて駆けつけた病院で、思いがけない場面に遭遇して。
とはいえ、さすが主婦歴40年の彼女、けっこうな貫禄。
ひどい現実をつきつけられても、もしや、そう、たぶん、心の片隅では、恐れていたり、覚悟していたのかも。
というのは、さっそう鮮やかな身の振り方だから。
あれほど大切に、育んできた家庭生活を捨て去って、なんのツテもないのに、すぐさま職を探す行動力。
大胆なのか、やけっぱちなのか、亭主がサッカー好きだったというだけの縁で??ろくに知りもしないサッカーのコーチまでやってしまおうと、まるで未知の世界、名前も知らない田舎の町に、ひとり挑戦の旅へ。
ところが、旅はきらい、と、執拗に家庭に引きこもっていたわりには、思いのほか、誰かれとも、フラットに物怖じせずに、うち解けてゆくような気配が。
これまで住んでいた世界とはまったく違う、文明がとどかない貧しい田舎町で、サッカーしか頭にない、やんちゃな子供たち相手に、戸惑いながら、四苦八苦しながらも、理解しようと努力して。
本領発揮、という感じなんでしょうね。
じつは、これまでずっと、欝屈し続けていたという。
けっして夢なんて持たない、日々、現実を受け入れてこなすことこそが、あるべき人生なんだと、たぶん、強く思い込もうとしていて。
幼い頃の、美しいお姉さんとの思い出が、たびたび、語られるのですけれど、キラキラした少女時代に、自ら、悲痛な覚悟で、別れを告げたのかも。
でも、単純な日々の暮らしを、絶えず清潔に、整頓しつづけるには、実際かなりな忍耐が必要だったはず。
そのささやかで静かな努力こそが、きっと今、彼女が、弱小サッカーチームを動かす原動力となって花開くことに。
つたなくても、諦めない努力は、子供だけでなく、まわりの大人たちをも温かな気持ちにさせるようで。
少しずつでも、気持ちがぶつかりあえば、奇跡を呼ぶ化学反応もいつか起こることに。
物語の序盤、チームの女の子と、外壁の落書きを落とすシーンがあるのですが、そこでの、「落書き」と「サイン」のちがいの会話から、この女の子の只者ではない感じが、際立って。
「サインは、存在の証」。
終盤でも、女の子はとても大切なことを話してくれます、まだ、終わってない。
案外、ものごとを純粋に理論的にとらえているのは、くたびれた大人よりも子供の方であるのかも。
示唆的な会話は、物語のはしばし、いたるとことに。
結末ちかく、車のなかで、ブリット=マリーが告げる内容が、わかりすぎて。
黙々と、円滑な暮らしのために、心身を捧げている者の、ささやかな願い。
家事をこなしつづける人たちは、たぶん皆おなじ気持ちなのでは。
誰かに家事をまかせている人には、ぜひ、聞いてほしい彼女の主張が。
最初は、とんだトラブルで、長年、自分が大切にしてきた生活を捨てざるをえなくなった悲劇のようでもあったけれど、ピンチはチャンス、過去に決別した勇気を得たからこそ、本来持ち合わせていた能力を、ようやく見つけることができたみたいで。
そして、自分の本質も知ることに。
本当は、何がしたいのか、何をしてほしいのか、まっすぐ、誰にでも言える心意気を取り戻して。
叩きのめされた、と思っても、諦めないで、一日、一日、自分を励まし、大切に暮らす気持ちを捨てなければ、自分にとって本当に大切なものを思い出し、あるいは、見つけて、いつのまにか、大逆転、てことは、意外にあるのかもしれません。
たった1点しか得点できなくても、それが自分には掛け替えのない勝利であったり。
私はここにいて、やれるのだ、やったのだ。
原作は「ブリット=マリーはここにいた」、スウェーデンのベストセラー小説とのこと。
スウェーデン、都会も田舎も、なんとなくオシャレ。
シネプラザサントムーンにて9月
by habits-beignets | 2020-09-04 13:12 | シネマのこと | Comments(0)