映画 テーラー 人生の仕立て屋
2021年 11月 17日
ギリシャのおしゃれってどんな感じなんでしょう。
かなり洗練されていたようなんですけれど、さすが由緒正しい歴史ある国。
けれど、経済破綻危機のニュースなどありましたものね。
ファッションにはお金がかかったりしますし。

舞台はアテネ、高級スーツの仕立て屋さん、父親の代から受け継いだ店主の出で立ちがもう、まさに、いかにもキチッとパリッと身なりを整え、店内も整え、いつでもお客さんをスマートに出迎えられる準備万端なのに、ガラス越しの、行き交う人々の歩みのスピードはゆるむことなく。
誰も、入ってきません。
そして一日が終わってしまいます。

たぶんもう、そんな毎日の繰り返し、慣れているのでしょう、小さな灯りでひとりの夕食も、どこか諦めの雰囲気で。
でも、ささやかな慰さめと交流はあって。
夜のしじまを漕ぐような、隣家の女の子との静かな言葉のやり取りが、仕立て屋さんのニコスに微笑みを。
微笑みは、勇気のもと、であるような、これからの日々を戦いぬくための。

このままではマズイ、どんなに立派な構えでも、誰も入ってこないお店では潰れてしまう、とわかっていても、昔気質のご隠居お父さんは、焦ったところで打開策を思いつけるわけもなく、ニコスはひとり思案の毎日、常に何かできることを考えあぐね、ともかく、お店で待つだけでは埒があかない、何かしなければ、の意識がゴロゴロ回る車輪に吸い寄せられ、外へ出なければ、街へ出なければ、人と合わなければ、何も始まらない。
で、紳士服の仕立て屋さんが、手作り屋台でデビュー、危機感と情熱ってすごいですね。

でもやはり、あまりの変わり種に、邪魔にされたり、奇異な目で見られたり、だったんですけれど、次第に、温かな視線やちょっとしたヒントをもらえるようになったり、さすがにスーツの注文は難しいけれど、おしゃれ好きの女性は興味を持ってくれたり、そして、運命が動き出す瞬間が。

ウェディングドレスは作れる?
いやまさか、けれど、背に腹は変えられない、どうにかしようと引き受けてしまって。

幸運だったのは、隣家の女の子のお母さんが、裁縫の腕前がプロ並みで、そして親切で、ニコスのドレス作りを我が事のように熱心に取り組んでくれたこと。
なんだか、彼女にとってもうれしいチャンスのよう、自分の技術やセンスが認められる喜び、誰かの助けになり、求められる喜び、それは、日常の家事ではあまり評価されない個性が、生き生きと溢れだす、輝かしい瞬間のようでもあって。
やがて、ニコスと彼女が、ドレスを仕上げる充実感が、二人を希望で満たしてゆくように。

そういえば、ウェディングドレスって、身につける女性はもちろんだけれど、関わる人々すべての気持ちを高揚させる力がありそう。
華やかで、幸福感に満ちて、晴れやかな人生の扉が、自分にも開かれる気配が漂って。

だから、レースやシフォンの感触に誘われるまま、夢心地の表情の時間が訪れてくれるのだけれど、すべてが思うようになるわけではない現実の時間も、確かに存在していて。
ドレスの注文で大忙しでも、紳士服の仕立て屋のお店が成功したといえるのか。

年老いたお父さんの、仕立てにかける情熱、仕立て屋としての誇りが、今となってはゴミでしかない、古い店にぶら下がる過去の要人たちの型紙に象徴されて。
でも、女性のドレス作りを、軽蔑気味に捉えていたお父さんの、意識がやわらかく変化するとき、どんな形でも、どんな場所でも、お店の誇りと技術はずっと続いてゆく未来も見えて。

装いって、身にまとうって、世界に立ち向かう自分を勇気づける、大切なことですものね。
丁寧な仕事と、思いやりは、どこでも誰かに必要とされる、きっととても価値のあるもの。

by habits-beignets | 2021-11-17 16:58 | シネマのこと | Comments(0)